人間関係をうまくいかせるコツは、タクシーの運ちゃんから学べた

終電まで残業をして、帰宅していたときの話ですよ。

その帰り道は西武池袋線に乗って桜台駅で降りるはずだったんですが、乗り過ごして練馬駅まできちゃったんですね。

別に寝てたとかアプリに夢中になってたとか、そんなんじゃないですよ。

読書に没頭していて、

最寄駅に着いたことに気付かなかったんです。

やっぱりぼくクラスになると、隙間時間も有効活用していくじゃないですか。

終電まで残業をして、もう、

体はクタクタですよ。

電車の中で寝たいですよ。

しかしそんな自分に打ち勝ち、重い本を開いてなんとか読んでました。一流の男ってとにかく時間を無駄にしないんですよね。

時間は限られた資源であることをちゃんと理解しているぼくからすれば、こんな努力は努力ではなくもはや呼吸みたいなもんですわ。

とかなんとか自分に言い聞かせ、乗り過ごしてわざわざタクシー代まで払って家に帰るというこの時間どころか金まで無駄にしている愚行を必死に正当化しながら、タクシー乗り場にきました。

しかし、1台もいない。

待っていても来る気配がないので、近くのコンビニでおにぎりを買って、ベンチで食べ始めたんですね。

あ、ぼく、

暇になるととにかく何か食いたくなるんです。

これを頑張っていい感じに表現しようとすると肥満的思考と言うのですがまあ世間一般で言うところのデブです。

さて、

2口目を食べかけたときに、タクシーが来ました。

そのまま乗り込んで

「桜台までお願いします」

と言い、適当に場所を指定して乗っていたんですよ。

まだ手元にはおにぎりが残っているので、このままにしておくのもと思って食べ始めました。

(やっぱコンビニのおにぎりはシーチキンに限りますわ。おにぎりを口にして途中でシーチキンの味を確認できた時に溢れる安心感と、通勤中に突如腹痛に襲われ適当に入った公衆便所が洋式だった時の安心感似てんな〜。。)

(まずおにぎりっていう語感が洗練されすぎ。。。)

とか思いながら食っていたらですよ。

急にですよ。

運転手がデカい声で

「あのさ〜、食べてもいいんだけどこぼさないでくれる?いつも掃除してる人って誰だか知ってる?

もう深夜1時を回ろうとしている時間帯だったということもあって、車内もなかなかの静けさだったんで、運転手の声がなかなかに響いたんですよ。

しかも声が結構いかつくてですね。

かつ低いんでなかなかになかなかに響くんですよ。

で、運転手は続けます。

「クレームもらうの私なんですよね。勝手にこぼされてクレーム受けるってだるいですよ〜。まあ〜だるいですよ。ほんと。そうやって私がクレームを受けてるのも知らずに車内でぽりぽり食べられるこっちの身にもなってほしいんですけど、まあwそんなことは別に要求しないですけどwwさすがに私も鬼じゃないんでねwwそれを踏まえた上で食べてるのならまあいいですよ。どうぞ続けてください

いや、食いづらすぎ

てか、感じ悪さ溢れすぎ

ぼくのライティング力の低さゆえにテキストでうまく表せないのが悔やまれるんですけど、

とにかく、

ものすごく感じ悪い言い方だったんですよね。

もちろん、ぼくも悪いですよ。

車内で食べるなら何か一言ことわりを入れないとですよね。それは申し訳ないと思っています。反省しました。

この運ちゃんの言うことも全然、否定するつもりはないですよ。

でもね、もうね、さっきも言ったようにね、

ぼくはクタクタなわけですよ。

なかなかに満身創痍なわけですよ。

そこにこんな刺々しい言葉を浴びせられたもんだから、もう、北関東界隈で仏だと崇められた実績のあるぼくとしても、さすがにキレますよね。口論や言い争いが何も生み出さないということは歴史から学んでいますし、「愚か者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という言葉だって何度も自分に言い聞かせましたよ。

それでも、こんな状況で冷静さを保てるわけがないんですよね。人間、なんだかんだ最終的には感情に左右されるわけですよ。

いろいろ自己整理しようと努めましたが、もう、手遅れでした。キレてしまってました。

心の中でありとあらゆる言葉が渦巻きました。

(おっさんさ、40年はもう人生やってきてると思うんだけど、そういう態度で今まで相手と良好な関係を築いてこれたことって、あるのかな?)

(こんな年下の若造に説かれて、恥ずかしくないんですかね?)

(あなたのようなろくに気遣いのできない人が会社や組織にいると一気にマネジメントが崩れて、労働環境を悪化させるんですよね。やる気ある若者や部下の希望が、あなたみたいなたった一人の害悪な存在によって摘み取られるんですよ。そういう点では個人タクシーという職種を選んだあなたの選択はまあ評価してやってもいいですけど笑)

どんな言葉をぶつけてやろうかなと、

必死に考えました。

そして言ってやりました。

「あ、すみません」

普通に無理っす。

普通に言い返すの無理っす。怖いんで。

もう、最初の段階でめちゃくちゃ圧倒されちゃってるんで。牽制されまくってるんで。なんならもうこの時点でタクシー乗るのトラウマになってるくらい怖気付いちゃってるんで。

結局ぼくは食べかけのおにぎりを、片手に持っていたコンビニの袋にしまい、背もたれに背中を預けてただジッと座っていました。

かなり気まずい空気が車内を支配する中、そのままぼくの家の前に着きました。

運転手はこちらに振り返ることもなく、

料金を告げる

「860円だけど

いや、「だけど」て、なんやねん

普通、その先に何か主張を持たせる時に「だけど」を用いるんですけど!え、感じ悪!おれそんなに悪いことした!?

心の中でため息をつきながら小銭入れを出す。

500円玉1枚と100円玉4枚を出し、

900円を差し出した。

「10円玉は?ないの?

「60円分ちょうど持ってないの?」

もう、、、

最後の最後まで、しんどすぎですよ。

「感じ悪さ」を体現した生き物を作ろうと社会が動いた場合まず間違いなくこのおっさんがモチーフにされますからね。それくらい感じ悪いですからね。

ただ、まあ、ぼくも大人ですから。

言い争いとか、避けますから。

「ないですね。すみません。」

と声にもならないような声で言うと

「そうか〜。わかったよ。」

と言ったあと、急に、

おっさんの表情が笑顔になったんですよ。

そしておっさんは

ぼくに向かって言いました

「じゃあお兄さん..気遣って食べるのやめてくれたんで、10円サービスしちゃう!ほら、持ってきな!!

満面の笑みでそう言って、

本来40円お釣りのところを

50円玉を渡してきたんですけど、

いや、たかが10円ごときで何をドヤっているんですかね

そんなはした金でこの場がまるくおさまると思ってしまうその脳みそどうにかしたほうがいいんじゃないですかね

もう、怒りが最高点に達しましたよね。さっきまでひよっていたわけですが、もう、北関東界隈で仏だと崇められた実績のあるぼくとしても、さすがにキレますよね。口論や言い争いが何も生み出さないということは歴史から学んでいますし、「愚か者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という言葉だって何度も自分に言い聞かせましたよ。

それでも、こんな状況で冷静さを保てるわけがないんですよね。人間、なんだかんだ最終的には感情に左右されるわけですよ。

だから言ってやりました。

「ありがとうございます(あらゆる葛藤を制御しつつ笑顔を固定しているようなエネルギーが表情からだだ漏れしながら)」

人間関係は、取り返しがつく

さて、今回の記事の主張はここからになります(遅すぎ)

この一件でぼくが思ったのは、

どんなに険悪になっても、人間関係はいつでも修復できるのかな

っていうことでした。

最後のあのおっさんの笑顔を見て、不思議と、悪い気はしなかったんです。

むしろ、さっきまでいがみ合っていた目の前の人間と一瞬で打ち解けあえたような、そんな瞬間に喜びや幸せを感じたんですよね。

大げさでちょっと気持ち悪いかもですが。

でも、おっさんも人間なんで、きっと内心

「ちょっと強くあたりすぎたかな」

「言いすぎたかな」

こういう譲歩的な感情や感覚は

少なからずあったと思うんです(思ってくれ

だから、ちょっと強引でしたけど、ああやって最後の最後でぼくに前向きなアプローチをしてくれたんだと思うんですよね。

思い切って、正面からぶつかろう

もしいま、

本当は仲良くした方がいいのに、それができずにいる
友人と気まずくなって、学校や会社でちょっと支障をきたしている

人間関係でこういう悩みを抱えているのなら、

何も考えずに

一歩その人に向かって踏み込んでみてください。

相手だって、人間ですよ。

(あ、きっと今の状況をよくないと思って、それを向こうは向こうなりに必死に考えて、結果的に自分と向き合ったほうがいいって判断したわけなんだな!)

くらいの気持ちは、持ってくれますよ。

そしてこういう考え方を共通してみんなが持つような社会になったら、少なくとも今よりはもっともっと生きやすいフィールドが展開されるんだろうな〜と。

そんなことを想像しながら

タクシーをあとにして玄関に入ると、

クタクタだった自分を思い出して、

気持ちよくベッドに入った。

ただそうは言ってもさすがに10円でドヤられるのは気分悪いわ。さすがに。